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早逝が惜しまれる小山地

武田秀山 氏名
武田秀山(たけだ ひでのぶ)


最終階級
陸軍少将 従四位勲三等功四級

生没年
1854年1月27日〜1902年12月24日
嘉永6年12月30日〜明治35年12月24日

草創期 歩兵
武田陸軍少将 〜陸軍草創期〜

容堂に名を与えらる
高知城下南与力町に土佐藩士 武田季精と母 志加子の間に誕生。
幼名を勝之助、藩校 致道館で学んだ。
13、4歳の頃、修業の際に山内容堂に召され小姓となり仕える。
容堂は秀山の才を「英敏にして物事に通ずる」と評し隼(はやめ)の名を与えた。
幕末、世上が騒がしくなると秀山も尊王攘夷を大いに唱え、藩に暇を請うて志士として活動したという。

御親兵の頃より出仕
明治元年 砲術を修め3年6月 土佐藩兵伍長となり佛式修業として大坂兵部省に派遣せらる。
4年5月 帰藩し御親兵編成となり山地元治の推挙により陸軍中尉に任官、御親兵第8大隊第7小隊半隊長に補せらる。
6年2月 近衛歩兵第3大隊第5小隊附に転じ7年2月 従七位に叙せらるも、征韓論破裂により他の土佐派軍人らと共に官を辞し高知に帰り蟄居する。
西南戦争が始まると再び山地元治の熱心な働きかけにより10年6月 改めて陸軍中尉に任じ復帰し反乱の気配ある高知県に命を帯び派遣された。
11年5月 上京し翌月大坂鎮台附となり7月広島鎮台附に転じ8月 歩兵第1連隊小隊長、12年9月 同連隊第1大隊第3中隊長心得に補す。
13年1月 叙従七位、3月 戸山学校に入校し11月卒業後、歩兵第11連隊第1大隊中隊長に転じる。
15年2月 歩兵大尉に進み叙正七位、16年6月 修業兵教授に補し次いで歩兵第12連隊副官に補せらる。
20年4月 歩兵少佐に進級、歩兵第20連隊第3大隊長に補せられ22年 従六位勲六等に叙し瑞宝章を賜る。
第1師団参謀を経て25年1月 歩兵中佐に進み(叙正六位)、26年に歩兵第21連隊長に補せらる。

小山地元治
秀山は同郷の先輩で常に引き立ててくれた山地元治を尊敬しており軍部内でも「小山地」と言われ当の本人も良しとするほどだったと云う。

武田陸軍少将 〜征清の役〜
歩兵第二十一連隊
阿「山見」山駐屯中の秀山率いる歩兵第21連隊

成歓・平壌の戦い
日清戦争には27年6月 混成旅団に編入せられ釜山、元山の居留民保護にあたり、次いで仁川に上陸し阿「山見」山駐屯し王宮守衛の任を受け京城に入り諸門警衛にあたる。
秀山の率いる第21連隊が日清戦争の最初の主要な陸戦である成歓の戦いを制した。
戦いを通して連隊長の秀山は弾丸雨の如く降る中毅然と指揮をとり、兵達はその姿を見て奮い立った。
これにより日清両国は遂に宣戦布告し形式上開戦に至る。
その後、北進し平壌に向かい船郷里での戦いでは先の成歓での敗走もあり清兵も死力を尽くして戦った為日本軍も多くの将校を失ったが、ここでも秀山はその武勇を発揮し陣頭に立って指揮したので味方の士気も大いに振るい戦いを勝利に導いた。
満州に入った27年11月 歩兵大佐に進級し勲五等瑞宝章を叙賜せらる。
鳳凰城では敵大軍の逆襲に遭うも敵兵を一面山に撃退する。
2月従五位に叙し牛荘、田庄台に転戦し3月 第1軍民政庁長官、5月には海城民政支部長となり終戦を迎え凱旋した。
戦功により勲四等瑞宝章、功四級金鵄勲章ならびに年金五百圓を叙賜せらる。
同年8月 歩兵第21連隊長に復任、12月には第1師団参謀長に補せらる。
明治31年1月 陸軍少将に進級し歩兵第2旅団長に補し正五位に叙す。

惜しまれる早逝
35年3月 時の台湾総督児玉源太郎は「陸軍部内三傑の一人」と言われた武田を台湾総督府陸軍幕僚参謀長に要望した。
既に病を得ていた武田であったが「陛下の御命令だ」と赴任したが、病が悪化し10月に須磨に帰り静養中逝去。
享年50歳、高知市に於いて葬儀を行い勅使として高知県知事 渡邊融を派遣され幣帛を下賜せらる。

遺骸は生前の希望により郷里の高知県香美郡香宗村(現:高知県香南市野市町東野)に送られ崇拝していた先祖、香宗我部秀通に倣って松の木を墓標とした。
この松の木は山縣有朋より贈られ、また児玉源太郎は秀山の死を悼み樅(もみ)の木を記念として贈り墓域に植えられた。

武田秀山2
武田少将 肖像写真

参考資料
書籍名著者出版社
軍人おもかけ 今伏波百華書院
高知県人名事典「高知県人名事典新版」刊行委員会高知新聞社
国民の覚悟金子哄堂温故堂
故里之石碑野市町文化財保護審議野市町教育委員会
征清軍士忠勇譚内田清四郎淡海堂
征清譚林 上巻河村透磊々堂
征清独演説服部誠一(撫松子)小林喜右衛門等
征清武功鑑国乃礎社
土佐偉人伝寺石正路富士越書店
日清戦争実記博文館
日清交戦実記西森武城弘文館
野市の史跡野市町文化財保護審議野市町教育委員会
明治過去長 物故人名辞典大植四郎東京美術
陸海軍将官人事総覧 陸軍篇外山操芙蓉書房
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